〜実例に学ぶ〜 マンション建替え実践講座

2007 年度(平成19 年度)第2回 〜実例に学ぶ〜マンション建替え実践講座
区分所有者の希望を実現したプランニング
〜みんなが満足する建物とは〜
平成19年10月21日
(株)NEXT ARCHITECT & ASSOCIATES
代表 山中 猛氏
 

1 はじめに

  ご紹介に預かりましたネクストの山中です。本日は宜しくお願いいたします。
  先程ご紹介にありましたように、私共は旭化成さんのもとで、設計事務所として14名のスタッフで今業務しております。旭化成さんと一緒に建替えを行ったのは、現在3物件ございます。新宿区江戸川橋の「同潤会・江戸川アパートメント」と、調布市の「国領住宅」、それから横浜市にあります「野毛山住宅」の建替えを行いました。
  建替えは、皆様方の家(イエ)そのものを建替える計画です。したがいまして、デベロッパーが土地を買って、そこに新しいマンションをポンと作るのとでは全くわけが違います。そのプロセスやプラン作りがかなり特殊な経過となります。
  本日私の役目は、今、管理組合や自治会の皆様方が来ていらっしゃいますが、建替えを検討していく中で、これから建替計画を策定する、またはデベロッパーと一緒にやっていく中で、どこを注意したらいいか。またどういうものをポイントにすれば、皆さんの希望にかなうものができていくのだろうかという点について参考になればと思い説明したいと思います。

2 マンションの建替え計画とは

  マンションの建替え計画は、大きく二つに分かれます。1つ目は土地利用・建築計画。2つ目は皆様が最も興味を持つ住戸計画です。土地利用・建築計画は、この街が建替えに伴って、どんな街になるのか。「今まであった街がどんな街に変わるの?」それから「どんなマンションになるの?」など。更に具体的なものだと「長年住んでいて、非常に愛着のある風景は一体どうなっ
ちゃうの?」「40 年かけて育った樹木は?」「建替えるなら、今みたいな南向きで、できるだけ広い面積の住戸がほしいけど…」といったような要望にこたえるのが、この土地利用・建築計画でございます。
  次に、比較的ご質問が多いのが2つ目の住戸計画でございます。「自分たちに合った間取りは、今度建替えになったときにもできるの?」また「自分達が自由に選べるの?」ということとか、「仮に、選んでもその間取りをもう少し自分に合ったように変えられるの?」といったものにこたえていくのが住戸計画です。このようにマンションの建替えに関しては土地利用・建築計画と住戸計画の2つから構成されております。
(その他、権利変換計画を含む事業計画も建築計画の大きな柱ですが、今回の主旨と異なりますので本日は省かせて頂きます。)


土地利用・建築計画

  まず1つ目の土地利用・建築計画ですが、土地利用・建築計画には2つの視点があります。1つの視点は「合意形成と建物ボリューム」という視点。それから、「街づくりと住まいづくり」という視点です。この2つの視点は互いに相反する部分もありますが、双方が調和・調整したところにより、土地利用・建築計画の最良の計画が出来ると思っております。


合意形成と建物ボリューム

  では合意形成建築ボリュームがどういう関係を持っているのか。建替えの合意形成を得るには建替えによって地権者がメリットを感ずるものがなければ、これを得
ることは出来ません。「引越しの負担とか、仮住まいの負担があっても、やっぱり建替えたほうがいいね」という、建替えのメリットを出さなければ、なかなか建替えに同意してもらえないのが現実です。
  では、建替のメリットは何かと言いますと現状住戸と建替えた住戸のギャップ(相違)です。このギャップが大きければ、大きい程メリットが高まります。ギャップの内容は外観の良さや設備仕様の新しさであったり様々ありますが、現在どの建替の案件でも、合意形成の最大の要素は還元住戸面積の広さです。
  通常、戸建の建替は自分で建築費を負担して建替えるのが一般的ですが、マンションや団地の場合、現状住戸の面積が48 u平均だとすると、これが建替え後には、負担なしでどれだけの住戸面積が還元されるのかというのが、合意形成上大きな要素となります。「負担なしで現在と同じ位の住戸が還ってくる、又は多少負担すれば今よりは広い住戸になる」となれば、「あぁ、引越してでも建替えたほうがやっぱりいいんだな」という意識が生まれてきます。
  では、この還元面積はどうしたら増えるのか。デベロッパーが、これから管理組合に建替えの提案をする時に、皆様(権利者)に返す還元床面積、権利者床面積の算定方法がございます。
   (総)還元床面積 = (総)専有面積 − デベロッパー(事業協力者)必要面積

  簡単に言いますと、まず総専有面積からデベロッパーの必要面積が控除されます。
デベロッパーの必要面積とはデベロッパーが負担する建築関係費(建築費・設計費等)を回収するためには、一般的には床(保留床)を売却(分譲)して回収するのに必要な床面積です。この為、地権者の還元面積を最大にする方法としては、大きく分けて2つあります。1つ目は容積率を最大限に活用して総専有面積を多くする方法。2つ目はデベロッパーの必要面積を小さくする方法で、これには更に2つに分けられ、1つはデベロッパーが負担する建築コストを低く抑え、デベロッパーの必要面積を減らす方法。もう1つはデベロッパーの保留床の一般分譲価格を出来るだけ高くし、回収に必要な面積を減らす方法です。建替えにおけるデベロッパー(事業協力者)選定におけるコンペ(競争)は大体この2つの方法について各社がノウハウを駆使して地権者への還元面積を競い争うのが一般的です。地権者の費用負担無しで「○uの面積が還ってくるんだ」という部分であります。
  建物全体から、デベロッパーさんが必要な面積を引いた、残った部分が地権者さんの還元面積になります。
  では次に、この2つの方法は具体的に建築計画としてどのような方法があるかです。
(一般分譲価格を上げるという方法はデベロッパーの販売力による事が大きいため、ここでは割愛します)まず建築コストを抑えるには、建築費を安くするわけですけども、建築費を安くする最大の条件は、建物の形態を単純化することです。要するに、ハーモニカ住宅とか板状型とか言って形態を単純化する事により構造的、又施工的合理性を高める形態です。
  それから、躯体(くたい)量を出来るだけ減らす。当然、建築基準法の範囲内の事ですが、躯体量をできるだけ下げる。例えば階高ですね。皆さんのお住まいの階高が現在約2,800 oかもしれませんが、今の分譲マンションのワンフロアの階高は大体3,000 oぐらいです。その3,000 oぐらいの階高をできるだけ落とす。そうすると躯体量が減ります。鉄筋量も減っていきます。居住性を犠牲にして2,800 oぐらいで建築コストを下げるデベロッパーもおります。
  あと設備系のキッチンとか、浴室の洗面といったものを、少しでもグレードを下げていくということによって、建築コストを絞っていくという方法等があります。
  一方、専有面積を増やすには、基準法に違反しない範囲で、建築形態がどうあるべきかとか街並景観等を無視して、規制のぎりぎりのラインで、セットバックの手法等により高く積めるところは積み、又積み上げる事が厳しい場合はプライバシーなどを犠牲にして平面形状を広げ、「高密化」していく事により、ボリューム(専有面積)をあげていく手法をとるのが一般的です。首都圏のマンション背景に板状型やセットバック型が多いのはこの理由によるものです。

街づくりと住まいづくり

  しかし、土地利用・建築計画は先ほど述べたように、やはり「街づくり」と「住まいづくり」という大きな二つの視点があることを忘れてはなりません。これを忘れた中でコストを下げるとか、逆にボリュームだけ上げるといった視点からだけの計画だと、還元面積は満足できても結果は「安物買いの…」になってしまう事は明白です。最近の事業協力者のコンペでこの「還元面積至上主義」の傾向がある事がとても憂慮する点であります。
  特に、「街づくりという面」として原風景となるような風景づくり。子供が育って大きくなって、「自分の街はこうだったんだよ」と自慢できるような景観づくりと、もう30 年後、40 年後には建替えがないぐらい、街がいつも活き続ける街づくりの視点を持つべきだと思うのです。
  それから、「住まいづくり」として、やはり日照とか通風とか採光とか眺望等、住まいにとって一番大事な基本的な居住性能、居住空間環境といったものをどう作っていくのか。又、100 年コンクリート等採用も、もうこれからは建替えをしないんだと、これから建替える建物は資産として後世に残していくんだという視点から、躯体の強度とか耐久性、それから設備は変えられるのか、といったような視点からの計画。この街づくり、住まいづくりという観点を忘れてしまうと、ただ還元面積だけで物事が進んでしまいます。
  建築を百年単位で考え、住まう人の資産だととらえ、街並や景観を大事にする考えはヨーロッパでは当然なことなのですがまだまだ私達の中では残念ながら根付いていません。しかし薄っぺらの建替計画は、10年後、30 年後、50 年後の資産づくりにならない事に充分留意すべきだと思うのです。
  それでは、街づくり、住まいづくりをどのような手法で計画するかが次の課題となりますが、私共は現状の建物(団地)及び周辺環境等、社会的文脈等を3つの観点から整理する方法で計画を策定する方法を採っております。
  1つ目は「残すべきもの」です。今、皆様方が住んでいる団地やマンション全体の中で、「40 年かけて育った樹木は残したい」「団地内の建物を通り抜ける通路はいいぞ」「中心にある広場は受け継ぐべきだ」等という、残すべきものを皆様と一緒に協議しながら見つけていく。それから2つ目は、地形とか、またその道路・川、公園や環境などを建替計画の中で「活かすべきもの」を見つけていく。発見していくといった方が良いかもしれません。それから3つ目は、躯体とか設備の「更新すべきもの」です。この3つの観点を整理しながら、建替え計画、土地利用計画を練り上げていくといった手法で、私共は建替計画を策定しております。
  少しまとめますと、土地利用・建築計画においては、まず合意形成を得るための建物ボリュームを最大に且つ建築コストを抑え、還元面積をできるだけ大きくすることが最大の要素となることは、これからの、どのマンションや団地の建替計画にも同様に続くと思います。住戸が広いというのは、豊かな生活を実現する第一関門とも言えるからです。しかし、同時にわが街・わが住まいづくりというもう一つの視点も資産づくりという点では大事な要素で忘れてはならないのです。何度も申しますが薄っぺらな建替計画は歴史のフィルターの中で陳腐化して結果的に住み続ける事がなくなるからです。この二つをどう調和していくかといったものが、建替え計画の最大のポイントではないかというふうに思っております。ですから、皆さん方、これからいろんなデベロッパーさんや設計事務所とお会いになる機会があると思いますけれども、常にこの二つの複眼的な視点を持っていただければと思います。「合意形成上、必要な面積はほしい。しかし、住まいづくりとしてどうなの、この建物は。こんな陳腐な建物でもいいの?」「この建物の形は私達が住んで
いる街並と合うの?」という、複眼的な視点で常にチェックしていくということが、必要ではないかなと思っております。

住戸計画

  建替計画の次の大きな柱は、住戸計画でございます。土地利用・建築計画と出来上がってきますと、次は個々、皆様方の住戸の実現です。それには、私共これまで三つのステップで大体整理していきます。
  1つ目のステップは住戸計画の策定です。策定にあたっては建替計画等について地権者全員に対して説明会を行います。全員を対象とするのは2回〜3回程行い、その時にアンケートを実施して地権者の方から、売買する住戸面積や間取りについての要望をお聞きします。その上で個別ヒアリングを実施します。このプランについて「わたしは○uぐらいの○LDKタイプが欲しい」とか「わたしは母と2人でこういう生活をしたい」といったものを集約していきます。その集約した中で、何割の方は50uがいい、何割の方はやっぱり70 uがいい、間取りは2LDKがいい、3LDKがいいというような、間取りや住戸面積の希望を集約していきます。南向きの希望がやっぱり多いとか、そういったものを集約して、方位と住戸面積と間取りといったものを、ここで集約していきます。
  その一方、デベロッパーさんも保留床を分譲する必要がありますから、市場調査によってどのような商品企画にするか、“売り”は何かというものを決めていきます。この地権者さんの部分と、それからデベロッパーの商品企画をミックスした形で、住戸計画を作っていくというような形になっています。
  次にステップ2は策定した住戸の選定方法です。出来上がったものについての選定は地権者さんを第一優先とするのが通常です。次に、同じ住戸を希望した場合・重複した場合には、一般的には公平性の観点から抽選になります。
  住戸の価格というのは、階数とか面積とか、それから方位によって違ってきますから、一つ一つ値付けしていくということになります。その値段(価格)と地権者さん個人の将来計画を踏まえて、自ら住戸を選定していく。それで事業協力者、デベロッパーは通常、地権者さんが取得されずに残った住戸を販売して、建築費を回収するというような仕組みになっています。
  ステップ3は自分の選んだ住戸についてもっと希望を細やかに実現したいものがあるといったときに、プランの変更を行います。これは大きく無償の変更と有償の変更、二つに分かれます。無償の変更は、メニュープランをあらかじめ、私共とデベロッパーさんが一緒に、「ここまでは無償でできる」といったものを作ります。和室を洋室にするとか、洋室を一つ減らしてリビングを広くする、「キッチンの色をこれにします」とか、「建具の開き戸を引き戸にしましょう」という内容です。
  それでも「やっぱり間取りがもうちょっとね」という方には、有償のプラン変更で希望の間取りを実現する。この二つのステップを各地権者の立場にたって誠意を持って対応していく中で、区分所有者さんの要望を最終的に実現する、住戸プランニングが策定される事になります。



3 実例にみる街づくりと住まいづくり

  今まで土地利用・建築計画ということと、住戸計画という二つの視点の概略を説明致しました。これからは、「同潤会・江戸川アパートメント」、「調布の国領住宅」、更に「横浜市の野毛山住宅」といった三つのケースで、具体的にどのようにやってきたかといったものを、実例に即してご説明したいと思います。

1、同潤会・江戸川アパートメントの事例

  まずは、同潤会・江戸川アパートメントの建替えです。場所は飯田橋駅から歩いて10 分弱ぐらいのところです。敷地が6,800uほどあります。住戸数は建替え前が260戸で、建替え後は230 戸と若干少なくなっていますけども、これは従前建物には独身部屋などございましたので床面積は約12,260 uから約20,000 u、大体2倍弱ぐらいまで増えております。
  同潤会は、関東大震災のときに出来上がった震災復興の組織で、その後公団になりましたが、関東大震災の復興が一応終わり昭和9年に同潤会が設立され、約10 年を経てその集大成として中産階級に向けた都市居住の理想型を作ろうということで、東洋一のアパートメントとして計画されました。
  昭和9年の時代に本格的な囲み型集合住宅として、初のエレベーターが設置され、
セントラルヒーティングや、電話やラジオ付の専有部と、共用施設もアパートメントの人達の為の浴場や食堂、理容室だけでなくコミュニティーの原点となった社交室が存在するのが同潤会・江戸川アパートメントでした。
  同潤会・江戸川アパートメントは囲み型の配置でありながら、住棟の入隅となる部分や1階の一部に「抜け」をつくり、「風の道」が確保されていました。そこで配棟計画の中で住棟の入隅部分を中心に「抜け」をつくり、風の道が生まれる住棟計画を継承したのです。また、この「抜け」の
空間は高密化した配棟においても圧迫感を緩和する事もでき、非常に効果的なものとなりました。
  それから、「残すべきもの」ということでは、同潤会・江戸川アパートメントには建築史的にも貴重なものがあり、建築学会関係者からも保存の声があがっていた程でした。その1 つはトップライトのある「10 階段」と呼ばれているもので、階段の形状、人研ぎ石の材料、手すりのデザイン等、現在の視点からも特筆すべきものがありました。そこで階段の形態を採寸し、手すりは取り外して洗浄した上でペインティングし、部分的ではありますが、同じもので新しい建物の共用部(アトリエ)に再現したのです。又、独身部屋の廊下沿いにある「六角窓の面格子」はアールデコを基調としたデザインで当時の職人がアドリブで作った感のある素晴らしいものでした。私共はこれを取り外し、洗浄した上でエイジング処理をして、新しい建物のサブエントランス7つにロゴとして活用したのです。
 それから、昔の大工さんの優れた技術で作られた造作家具があったんですけども、これは同潤会を壊す直前まで約70 年間使われていたものを、取り外して、洗浄と修理をして、今回の新しい集合住宅の共用施設としての応接室の一部に活用しています。昭和初期のガラスを使ったり、真鍮の金具を使ったりと、非常に味わいのある家具になっています。
  それと、やはり同潤会といいますと、「中庭」と「社交室」がコミュニティーを育む上で一番ポイントだったところです。社交室でバレエ教室や講演会、中庭で映画会やベースボール等、同潤会・江戸川アパートメントの住民が思い出話をする時、欠かす事のできない場面がそこにはあったのです。そこで、新しい建物も社交室そのものを保存できないか、又、配当計画により中庭を作る事はできないか、という意見も少なからずありました。しかし、これはなかなか難しい要望でした。建物を合意形成の観点から、ボリュームを出来るだけ確保せざるを得ないとなると、現状の建築規制(日影規制・高度斜線の範囲内)で高密化せざるを得なく、そうなると中庭はどうしても小さくなってしまう。「グランドレベルの中庭はどうしても無理。ならば、屋上のレベルで残せないか?」ということで、6階のルーフ・7階レベルで屋上庭園を造ろうということで、ハーブガーデンとか、ローズガーデンとか、五つのテーマを持った屋上庭園を造って、更にそこを建物全体を散歩する空間にしようじゃないかと。6棟のうち5棟をブリッジで繋ぎ、(つなぎ空間と呼んでいました)各棟に屋上庭園からでもアクセス出来るようにしたのです。3年経た今日でも非常に活用されていて、住んでいる方がお客さんを呼んで、一緒に散歩していたりハーブを採ったりしている風景を見ていると、作ってよかったなと思います。
  それと「社交室」も、当時の天井高とか、梁(はり)の形状とかいったものとかを出来るだけ再現した中で、新・旧住民のコミュニティーの核にしようという意図で、これもキッチンコーナーの設備も取り入れ、新しい社交室に再構成しました。現在はこの社交室を使って住民の方々が太極拳や映画会、又カレーライス等を作って皆さんで食事会を開いているようで、とても和やかな光景が見えてまいります。



2、国領住宅の事例

  続いて、二つ目は国領住宅の建替の実例です。これは調布市で、京王線の国領駅から歩いて8分程です。当時7棟144 戸の(約13,000 u)、(旧)住宅都市整備公団によって昭和39 年に竣工し、これを私共は約8年前から建替計画を策定・推進し、今年(2008年)7棟320 戸の集合住宅に再生したプロジェクトであります。



  建替の実現には都市計画の変更(容積率70%→200%)するために行政協議や都市計画審議会等の手法に6年の歳月を要しましたが、この国領住宅の建替計画の原点は40年かけて育った樹木や野川、小学校の通学路、桜並木…。豊かな自然が人の営みの中で培われた“風景”。この自然と調和した風景を継承し、新しい街づくりの風景に如何に発展させるかが最大のテーマでした。
  このテーマを基に高層棟4棟、低・中層棟3棟の構成を行い、通学路や道路沿いにはスカイラインを低く抑える為に低層棟を配置し、高層棟は出来るだけ敷地の中央に寄せ周辺の街並みとの調和を図りました。又、高層棟を4棟の分棟構成としたのは、野川への風景や野川からの風の道を創るためでした。建物の形態も雁行形式の外観とし、この雁行形式から生まれた入隅空間に植栽等を設けることにより、豊かな景観形成を目指して、建替の基本計画を策定し、事業協力者を住民全体の投票によって選定するコンペに参加したのです。




  しかしながら、簡単には当選させてくれませんでした。私共と競合した対案は所謂「板状型の高度利用」のマンション案でした。先程述べたかと思いますが、還元面積をUPさせるには3つの方法があって、その1つが建築費を抑える事ですが、これを抑える為に建物の形状を単純化させる方法です。この対案(私共はこれを従来型と呼んでいました)はまさにこの方程式の中で基本計画を策定した訳であります。しかし、国領の地域の特性とか、風景などを置き去りにしたもので、これでは千葉でも埼玉でも、同じマンションの風景になってしまいます。住戸計画も板状型ですから住戸プランも羊かんを切る、切り幅(間口)でしか違わないのです。ですから間取りの形式も野川への眺望とか風の道を無視した画一的というか規格型のプランになってしまい、面白みというか深みに欠けたものになります。






  しかし住民投票は計画案の優劣ではなく、還元面積の大小が大きな要素となっていた為、私共が策定した計画案は、対案に比べて建築費がかかり、通常なら還元面積が対案に比べて少なくなってしまいますが、旭化成さんが企業努力で還元面積を対案と同様に頑張って頂いた為、投票結果は極めて僅差で私共の案が当選したのです。当時の地権者は「○u還ってくるか。」に主眼があったため、街づくり、住まいづくりの視点から計画を選定する余裕はなかったのが実
状ではありました。
  具体的な土地利用・建築計画においては街づくりと住まいづくりの中の視点から「残すべきもの」では、当時、管理組合から二つの要請がありました。1つ目はできるだけ、40 年の中で育った樹木を残してほしいということと、2つ目は隣の団地から国領住宅内を通って小学校に行く通学路があったのですが、建替えにおいても隣接団地との関係を守る為にこの通学路を確保し
て欲しいという事でした。
  次に、「活かすべきもの」としては、これまでの国領住宅が野川との関係が極めて希薄だったのですが、隣接の野川の流れや鴨の水浴びの風景を発見した時、この野川の持つ風景や環境との関係性を深めようと考えたのです。そこで野川沿いにある桜並木と連続性を持たせる為に野川沿いに面した計画地には桜を植栽したり、野川への遊歩道には既存樹木を活かして作ったり、公園を野川沿等まで延長させるなどして接近性(親水性)を高めたのです。
  又、住戸計画のコンセプトとしては、人の生活を箱の中に押し入るものでなく、眺望や通風の良い開放性の高いものとしようというものです。住戸計画についても世代、家族構成、個性とかがミックスされる住戸構成としよう。それから、街路計画においては、街路・人とか樹木が主体となるように造っていこう。コモン(広場)についても、街路との関係や地域との関係性に配慮した計画をしようという意図を持って、地権者や旭化成さんと協議しながら建替計画を策定しました。
  これが何とか当選したというか、住民からかろうじて選ばれた建替え計画案です。






  街路沿いに低層棟を配置して、敷地の中心部分に高層棟を配置する。形状は中央に向かって山なりになるようにしました。
  これにより、歩くときにスカイラインが低く抑えられて、心象風景の中に開放感がでるように低層棟を配置しました。又、あえて建物を分棟していくことによって、野川との関係を深めることが出来ました。野川からの風景とか、野川の微気候による風の発生・流れも大事にしました。更に分棟を雁行形式とする事により、豊かな表情の街並景観を意図しました。
  住戸企画は、高層棟と低層棟の複合、さらに各棟を雁行することでいろんな住戸のバリエーションができるようになりました。
  雁行というのは、結果的に下の図のような形になります。




  1住戸の中で角々(かどかど)の部屋が多くできる。雁行の特徴で一番大きいのは角部屋が多くできることです。角部屋ができると、窓が二つできたりします。風の道というのは、窓を開けて、風の抜ける道をつくることでできます。又、多面から採光の他に、色々な風景も取り込むことが出来ます。
  一方、先程の従来型の住戸計画では、単一採光、単一眺望と僕らは言うんですけども、前側にしかないですね。後ろ側は廊下ですから窓があっても開ける事は余りなく、眺望も面格子で妨げられてしまいます。




  もう一つ街路計画では、樹木や、人を中心に街路を造っていきました。又、メインとなる6mの街路と、細街路(路地)で、空間的に街全体を繋げ、計画地全体を散策路や路地空間で景観を創り上げました。この為、入隅空間に池や植栽による施しをすることにより、季節を感じさせるものとしました。
 又、今回の街路で一番の特徴は、S字型というか、曲線を描いています。こう道路を曲げることによって、歩いて行く中で風景が様々に変わっていきます。風景が変わると楽しみができます。また、車が入ってきても、道が曲がっているとスピードが出せないので安全性につながります。街路の主体は、人であったり、樹木であったりする。樹木のために街路は曲がってもいいのではないかという発想で、今回の散策路、路地空間等の街路計画をしました。
  それから、これも理事の皆さんと、地権者の皆さん方で決めたことですが、元々国領住宅はケヤキが多く、相当な本数が保存樹木になっていまして、その中で一番樹形が良く、保存状態の優れているケヤキを皆さんで選んでシンボルツリーという形で敷地の中心である棟の中心に残したのです。遊歩道やコモンスペースなどに、このシンボルツリーをはじめ、ケヤキだけでも40 本ぐらい残し、新たに2,000 本の植栽を施し、全体として武蔵野の自然や地域との関係性を深めた計画となっております。


3、野毛山住宅の事例

  続いて横浜の野毛山住宅の建替についての実例をご紹介いたします。横浜に住んでいる方では、非常に有名で野毛山といったら知らない人はいないのかもしれません。桜木町から歩いて6、7分、ちょっと坂道のところを登って行くのですが、野毛山動物園とか野毛山公園があるその、入り口の一角に計画しております。6,000 uほどの敷地で、建替え前が120 戸、建替え後が142戸で、面積は5,200 uが12,000 uになりました。住戸タイプは5タイプぐらいだったのが、61 タイプに増えています。
  敷地の持つ野毛山という歴史的文脈の中で、地形、高台といったものをどう読み解いていくのか。これも先ほどと同じような手法、「活かすべきもの」として@南向きの高台といったものを活かした配棟計画をどう作っていくかということがありました。次に「残すべきもの」として、野毛山住宅は元々は平沼専蔵という大きな豪商の別邸でした。Aそこでその平沼邸の記憶を継ぐ「ヒラヌマガーデン」といったものを造ったらどうか。また、Bハード・ソフト両面から、永続性・居住性をどう確保していくかということ。百年マンションをどう造っていくかというのをチェックしました。加えてC横浜・煉瓦・野毛という文脈からどう新しい外観を作り上げていくのかという4つのテーマ中で、計画をしていきました。まず、「活かすべきもの」。野毛山住宅は、桜木町をずっと高台に上がっていくところにあります。道路からも大体6m〜8mと非常に高いところにありまして、その高台の持ってる開放性、南からの日照・採光。またランドマークタワーが見え、横浜中心部が眺望できる位置にあるため、これをどう活かして配棟していったらいいのかというのがテーマでした。
  ところが建物は5階しかできない。そこで敷地の高低差を活用して、南北二つに分けまして、南側の部分を5階建て、北側も同様に5階建ですけども、北側(B棟)を1層分高くして配棟を計画しました。それによって、南からの風が流れる、それから北側の部分に向けて日照を確保できるといったものを造っております。配棟的には、南向き住戸と、それから眺望を生かした東向き住戸といった、二つの配棟の中で構成されております。
  次に「残すべきもの」ということですが、元々あった平沼専蔵さんのお屋敷の半分程が公団によって野毛山住宅に変わったんですが、当時、平沼邸にあったその庭の灯ろうや石橋などが残っていました。その残った部分をどう使っていこうか。
  それと石積みと煉瓦塀が、亀甲石積みといいまして、横浜市の土木擁壁の中で最も優れているといわれている擁壁でしたので、これを横浜市の歴史的建造物の認定を受けて保存することにしました。保存して、これからも永久に残していこうと。この煉瓦塀と、石積みを残した形で計画を行ないました。
  こうして共用施設計画を、その歴史性を軸としてヒラヌマガーデンとして、エントランス空間、屋上庭園、中庭庭園、それからランドスケープ計画を造り上げています。
  エントランスも、吹き抜けになっています。東京とか神奈川では、風の道が南から北に抜けるんです。それで、南から北に抜ける風の道を作っていこうと、両方のエントランスを吹き抜けさせて、風の通り抜け空間を作りました。又、そのちょうど入り口のところ、ここに平沼邸に灯ろうがありました。灯ろうはその家の明かりとなって目印となりますので、エントランスに灯ろうを一つ置いています。
  さらに、全体の、遊歩道になるような散歩道を造るときに、これも元々あった五重塔を置いて、一つのシンボルとして全体の散策路を造ってきました。それから、既存の景石は出来るだけ残していこうということで、これも全部理事の方と1つ1つ選んで、「この石は残そう」「この石はいいや」というように、一緒に相談しながら決めていった経緯があります。
  北側B棟の中庭については、元々雪見灯ろうと石橋もありましたので、これを移設して、白玉で川になぞらえて、中島を造って、そこに雪見灯ろうをおき、さらに紅葉を中心とした植栽により、全体的に庭園をつくりあげました。平沼専蔵が現在においてマンションの中庭を造ったらこういう中庭になるのではないかというものを、理事会の方も含めて試行錯誤しながら計画しました。
  さらに中庭の奥に休処みたいなものを造って、そこに紅葉の植栽とそれから景石で設え、坪庭を造ってみました。みんなで打ち合わせして、「あ、これ、いいんじゃないか」という形で、非常にこう和気あいあいとして、描かれたなというような形でした。
  それから、野毛山といえば高台ということで、やっぱり花火など見たいだろう。そこで、屋上庭園を造りまして、そこは全員がいつでも来れるようなものにして、眺望を楽しんだり、夏は花火見て楽しんでもらおうという形になってます。
  それと、もう一つ大事なことは、今マンションではパーキングが非常に大きい問題になっています。それで、国領も野毛山もそうですが、できるだけ地上レベルでパーキングを見せないようにしました。ヨーロッパでは当たり前ですね。街の中の見えるところにパーキングは置かないというのは。
どうしても日本は機械駐車場が露出し、風景を損なう結果となっています。そういう面では、野毛山住宅では地下駐車場を造りまして、三段式で地下に入れ込んでいます。戸数の約半分ぐらい、70 台ぐらいを地下駐車場にしています。先ほどの国領住宅も、200 台ぐらいパーキングありますけども、そのうち9割ぐらいを、全部地下に入れています。地上レベルでは平面パーキングだけにして、機械式駐車場を見せないようにしています。
  もちろん地下駐車場はコストが相当かかりますが、そのことによって平面が活用でき、先程のヒラヌマガーデンが可能となるのです。
  次に、もう一つ大事なところで、永続性をどう確保していくかということでは、百年マンションを今回実現しております。百年マンションって、いろんな観点がありますが、二つの観点からの百年マンションといっています。
  一つは日本建築学会が出している百年マンションの定義になります。コンクリートの基準強度が、30 ニュートンで大体百年ぐらいもつようなものという形で、まずコンクリートの強度の確保。30 ニュートンを確保するということで、野毛山住宅は百年マンションを造ってるわけです。
  それともう一つ、国土交通省が出してる法律で、品確法(注:住宅の品質確保の促進等に関する法律)っていうものがあります。品確法の中で、レベル1とレベル2とレベル3があって、現在日本のこの品確法で最高というのは、このレベル3、等級3です。これは、おおむね3世代75 年から90 年までは、大規模改修を必要としない処置を施しているということですけども、このレベル3の基準を満たそうと。今あるうちの最高級の基準を出そうじゃないかと。
 どういうことかと言いますと、コンクリートというのは、密になればなるほど耐久性が強固になります。具体的に言うと、水・セメント比で、できるだけ水を抑えるということです。それからかぶり厚ですね。かぶり厚をできるだけ確保する。この水・セメント比と、かぶり厚の観点から、レベル3ができてくるのですが、この二つを確保して、レベル3の認定を受けようじゃないかという形で、野毛山ではこのレベル3の基準を満たす躯体(コンクリート)で作っております。日本のマンションが40 年くらい経つと何故建替しなくてはいけないかというと、1つはコンクリートの耐久性の問題(中性化)にあります。アメリカでは築70 年のロックフェラービルが、現在でもテレビ局が使っている事は日常的なことで、これは100 年以上耐えられる階高や設備の更新性の他に躯体の耐久性があり、実際見ましても日本の建物で70 年経たコンクリートとは天と地の差があります。雨が多い日本の気候の為、単純な比較は出来ませんが、コンクリートに対して視点を改めて見直す時期が来ていると思います。
  それと、もう一つは、居住性という点です。従来、順梁といいまして床版を支えるための梁がありますが、この梁を野毛山の場合には上に出す事により(逆梁(ぎゃくばり)と言います)、今まであった天井はどうしてもサッシ(H)が低く、よくあるサッシが1,800oとか1,900oだと思ますが、これによってサッシの高さが2,200 oぐらいまで高くできます。2,000 oのレベルでも100 o、200 o上がると、ものすごい開放感が上がってきまして、2,200 oですと非常に開放感が高い。特にこの高台ですから、2,200 oのハイサッシというもので、日照的にも眺望というのも確保できるとい
う形で、開放性を高めた計画となっています。
  それと野毛山住宅では、スラブの厚みは一般的に大体200 oでございますが、野毛山の場合には、300 oの床版を使っています。ボイドスラブとして知られていますが、300 oの床版を使うことによって、小梁がなくなる。ですから、リビングや部屋の中の天井に梁が出てくるマンションがありますが、これが300 oの厚みの床版によって、この小梁がなくなる。結局、部屋の空間が使いやすくなると同時にすっきりした空間が出来ることになります。この300 oの厚みを確保するために、やはり階高がどうしても必要ですから、2,900 oから3,000 oぐらいは、この床版を使うためには必要ということになるのです。
  最後のテーマとしまして、野毛山の風景づくりで、外観形式で横浜の煉瓦をモチーフとしまして、タイルもこの煉瓦系の石基質タイルを使って、その中でも少し現代風なモチーフでコンクリートの打ち放しによる小庇を出してアクセントをつけています。この既存の石積みと煉瓦塀、それに呼応するものとして外観をとらえていったわけです。ある歴史的な資産そのものを活かしながら、どうやって外観を造っていくかというのが今回のテーマでした。そのために出てきたのが、この煉瓦の色彩の外観でございます。


4、プラン変更の実例

 最後に、プランの変更の実例をちょっとご紹介しますが、野毛山住宅でおこなった無償プランの変更例になります。
  まず、旭化成さんと私共ので、無償プランを設定します。例えば、開き戸を引き戸にとか、洋室を1つ取ってリビングを広くする等です。これはお客様、地権者様が自由に選んでください、と。
  そのほかに、仕上げのセレクトといいまして、キッチンの色をこうしたい、建具の色をこうしたい。3種類ぐらいあるんですけども、カラーセレクトというのがありまして、そのほかに無償で、わたしは濃い色がいいとか、わたしは少しナチュラル系の色がいいとか、色の選びがあります。
  それだけじゃ満足しないという方には、今度は個別に有償になってしまいますが、プラン変更を行ないます。一つの例ですが、50 歳のご夫婦で、音楽家だった方がいました。それで、ピアノを持ってらっしゃって、それもグランドピアノを持ってらっしゃったのです。それを2台置きたいと。ちょっと特殊ですけども、そうすると3LDKでは、80 u近くありましたが、グランドピアノ置けないんですね。置けないので、全部、間仕切りを取ってくれと。もう全部リビングでいいと。寝るとこが一部屋あればいいというような要望でした。それで、随分悩みましたが、結局、間仕切りを取り払うことになりました。それで、グランドピアノを置く、演奏するという形で、3LDKをもう1LDKにしました。その中で床の荷重は大丈夫かという構造の問題がありましたが、これはチェックして大丈夫だということでした。あと、フローリングを組みますので、フローリングが荷重に耐えられるものにするということで、これは普通のフローリングより変えて、ピアノを置けるフローリングにしました。
  そのほか、非常にこう音楽家らしいこだわりがありまして、「あれ嫌だ」「これ嫌だ」と随分いろいろあったんですね。例えば、壁は漆喰(しっくい)がいいとかですね、いろんなものがあった。でもデベロッパーさんと建築会社さんの中で、できるものとできないものがあるわけです。漆喰(し
っくい)の加減というのは、ちょっとなかなか難しい部分がありました。「じゃ、それはもう自分でやるからいいよ」という形で、間取りの変更や、フローリングといったできるものには対応させていただいて、できないものは、はっきり「これはちょっと難しいです」と言いました。そのあとは、ご自分で施工会社を探し、業者を選んでやっていくという形で、変更した実例でございます。
  次に、国領住宅でやった変更例でございます。年配の夫婦で、ご長女と3人で暮らすというような設定でございました。そのご希望の中で、年配のご夫婦が仏壇をお持ちだったんですね。それで、仏壇を置く部屋として、客間と兼ねられる和室がほしいというようなテーマが与えられました。それから、ご長女の方が住む洋室がありましたが、ちょっと狭いので広くしたいということでした。また、部屋の扉は、できるだけ引き戸にしたいというのがございました。
 それで、リビングの横にあった洋室を和室に変えまして、さらに仏壇、今ある仏壇を採寸して、仏壇置き場を作った。その残りを押入れにしたわけです。それから長女の住まわれる部屋を、間仕切りを廊下側にちょっと広げまして、部屋を広くしました。それと、開き戸を全部引き戸にして、扉を換えたというようなことで、これが国領の実例の一つでございます。



4 住民参加による建替えの流れ

  最後に建替計画の構想を実際どういう過程の中で造っていくかという事について説明させていただきます。建替えの初期段階は、管理組合さんのヒアリングや調査を行って、今どういう実態があるのか、今どういう団地がどういう状態なのか、又、今どういう人口の構成になっているか、地域の文脈、特性はどうなのか。どういうと特徴があるのか。それから、法規制といったものを調べて、建替えの構想案を作るわけですね。
  構想案を作った上で、説明会を開いて、構想案に対しての意見、「これはやっぱりおかしい」「こうしたほうがいい、ああしたほうがいい」という意見を聞き、アンケート調査をやって、住戸の大きさとか、間取りとかいったものを整理していくわけですね。それから、車を持っている人は何%いるかとか、そういうのも整理して、パーキング設備等を出していくのもアンケート調査で決めていきます。
  このような過程を経て、その中で基本計画を作っていきます。この基本計画作っていく中で、ワークショップというのもおこなった例もありますが、住民の代表の方が建築に詳しい方もいらっしゃるだろうし、そうじゃない方もいます。その中でワークショップを開いて、この街のこの木は残そ
うとか、この灯ろうは使おうじゃないかとか、この街の庭のコンセプトは、ヒラヌマガーデンにしようじゃないかとか、そういうようなものをここで話し合っていくのです。出来るだけ話し合って、基本計画っていうのは作っていく。そしてまた説明会を開いて、アンケートを行って、フィードバックしていく。というようなことを繰り返し行って、できるだけ、その地権者さんの意見を吸い上げた形の中での計画案にしていくわけです。
  そして最後に個別面談によって、「やはり、この間取りはこうできないか」とか、「ああしたいんだ」とか、「わたしは、やっぱりこっちの間取りがいいかな」とか、大体、間取りは悩まれる方が多いんで、住まわれる方の中でどういう間取りがいいかとかいうのをご相談して、間取りを決めてい
くというような形を採ります。
  基本設計ができた中で、これも基本設計の説明会をして、最終の個別ヒアリングで調整していくという形を採ります。それで、建替え決議ということを行い、建替組合を設立した中で、住戸プランの説明会と相談会をおこない、住戸の選定を行っていく。その住戸の選定を行う中で、メニュープランなんかも説明していきます。メニュープランを説明して、さらに住戸の選定で住戸を決めて、建替えが着工したあとに、個別相談を行っていきます。
  それから、現場見学会もおこないます。今、現場の施工の管理が非常に気にされますので、国領住宅でも、2、3か月に1回ぐらいは現場に地権者さんを連れて行きました。国領住宅では、一回に大体50 人ぐらいの方が来られましたが、現場の施行会社から施行状況の説明を受けながら、見てもらいます。
  そして、ようやく竣工と入居を迎えるということになり、これまで苦労した建替計画が完了することになります。入居時の内覧がありますが、この時新しい住まいのイメージが現実として明確になるわけですが、単に面積だけでなくて街並み、風景、外観等の「街づくり・住まいづくり」を実
感して味わってもらえる瞬間です。そしてこの瞬間に地権者一人一人の方やそのご家族の方が「建替えて本当に良かった」と思っていただけることが私共の最良の喜びです。
  建替えは大変な労力だけでなく、ある時は苦しみも伴います。しかし、出来たときの喜びは何にもかえがたく、この喜びを竣工パーティーで分かち合える日を目指し、皆様も含め私共も頑張って頂きたいと思う次第であります。本日はありがとうござい
ました。