同潤会江戸川アパートメントと建替計画

平成29年4月6日
 
同潤会江戸川アパートメント(以下「同潤会江戸川AP)と建替計画
 
NEXT ARCHITECT&ASSOCIATES
  代表 山中 猛
 
1.  建替計画とは
@ 区分所有法上建替計画は「再建建物の設計の概要」(第62条第2項1号)と示され、具体的には建物全体の用途・構造・階数・建築面積・延床面積、図面としては一般図(平面図・立面図・断面図)並びに主要タイプの間取り図で構成される。
 
A これだけ見ると建替計画も一般的な集合住宅の建物計画も違いは無いように見えるが、そもそも建替計画の特徴は何処にあるのか。
又この特徴に対して同潤会江戸川A・Pの建替計画はどのようなプロセスをたどってきたのか。
 
B 更に同潤会江戸川A・Pの建替計画の特徴は何処にあるのかが本題のテーマとしたい。
 

2.  建替計画の特徴
集合住宅の建替計画は一般の分譲マンションの建物計画に対してどのような特徴があるのだろうか。
@ 一般の分譲マンションであれば、更地になった状態からディベロッパーと設計者がこの地域特性・マーケティング(市場性)から企画し計画案を作り上げていくのが一般的である。
しかし、建替計画は現状の敷地と建物の中で何十年という社会生活が送られてきている現実がある。
そこには、建物内の住民同士や周辺の住民とのコミュニティーが育まれ、更には建物自体や樹々も含めて、そのエリアの風景の重要な要素(element)であり、社会的な文脈になっている。

● 同潤会江戸川A・Pにおいては、約70年という月日の中で樹々が大木となり、建物は老朽化したもののアールデコを基本とした囲み型集合住宅は日本の集合住宅の歴史の1ページを占めるものとなり、更に中庭・社交室・食堂・浴場等を通じて育まれたコミュニティーが依然として息づいているという現実があった。
そして同潤会江戸川A・Pの建替計画においては、「これらの社会的文脈をどう整理し、これを建替計画にどのように反映するか」が大きな鍵となったのである。

A  建替計画の第2の特徴は、計画の協議・承諾を行う施主(クライアント)の主体が複数あり、この利害が錯綜している事である。
一般の分譲マンションの施主はディベロッパー単体であり、計画の実施は組織的に位置づけられた企画設計・開発担当者と設計事務所がスケジュールに従って整理していく。従って全体のスケジュールの中で基本計画・基本設計・実施設計が大きな事情の変化が無ければ、着実に進行し精度が上がっていく。

● これに対し、建替計画の施主は、地権者の代表である理事会・委員会と事業協力者の複数となる。この両者が利害一致していれば良いが往々にして対立する局面も出てくる。(又地権者側も理事会と委員会とが必ずしも一致しているとは限らない為より複雑化するケースが出てくる。)
具体的には、
a)一般的な団地において地権者が再取得する住戸はほぼ90%以上南向を希望(同潤会江戸川A・Pの場合は65% 詳細後述)する。しかし南向住戸はディベロッパーの販売住戸としても人気の高く高く売れる住戸である為、南向住棟に対する両者の配分が大事となる。建替計画は保留床を増やす為南向住戸だけの構成は稀れであり、相対的に条件が劣る住戸(方位・環境等)が生じるのが一般的である。ディベロッパー(販売分)・地権者の住戸の配分に公平性を保たないと「地権者を環境の良くないところへ追いやった。」という批判を浴びる結果となってしまう。
 
b)一般的地権者(特に内部居住者)は高齢者が多く、現状の建物に何十年と暮らして慣れ親しんでいる。住宅の性能・設備等について新たに計画するものとは隔絶したものがあり、現在の性能・設備を理解してもらうには相当の説明を要する。時間をかけても中々納得頂けないのがエントランス空間やシアター音楽ルーム・ライブラリー等の共用施設である。現状建物が集会室程度の共用施設に対して、最近の大型マンションは豊かなライフスタイルを享受する為様々な共用施設を計画する。この場合、一般的に地権者が「不必要・贅沢・建設コストが増大する・管理費が上がる」等の理由で否定的反応を示され、商品企画上から要請されるディベロッパーとの間で設計事務所が板挟みになる事が多い。

● 更に配棟計画等においてディベロッパーと理事会・委員会が調整したとしても、住民(地権者)説明会において、異論・反論が絶え間なく出てくる。
特に理事会・委員会のメンバーとの対立的(感情的)な人間関係にあった場合は、建替自体賛成とは表明しながらも現状の建替計画に対する否定的な視点での意見の為、この対応には最も苦慮するところとなる。(委員会のメンバーとの軋轢等が根底にある為、論理的・合理的な説明を行っても説得が困難な場合が多い。)

● このように建替計画は一般的な分譲マンションの計画に比べ、様々な対応に対しての相当の時間(2年〜5年)を要する事になり、スケジュール計画の見直し(遅れ)を繰り返す事が一般的である。

Bこれに対し同潤会江戸川A・Pの場合、現状敷地での配棟計画が整理されてから建替決議までの約1年間で、建替計画の基本設計が整理されたのは極めて稀な事例である。
その要因としては次の事が挙げられる。
a)同潤会江戸川A・Pの場合、70年近く経ち老朽化が著しく空室賃貸が多く内部居住者の割合が少なかった事。(内部居住者12% 賃貸30% 空室58%)
(外部居住者は同潤会江戸川A・Pから住み替えられた方(相続人含む)で比較的新しいマンション等のプラン並びに設備について理解されていた。)

b)又同潤会江戸川A・P自体の共用施設(食堂・バー・浴場・社交室)は、現在のどの大型マンションに比べても劣らないものであった為、共用施設についてのアレルギーは全く無かった事。

c)理事会・再建打ち合せ会議と旭化成の信頼関係が基盤にあった為説明会での異論・反論に対して両者が一体となって対応した事等が挙げられる。
 

 
3.  建替計画の作成手順
同潤会江戸川A・Pの建替計画の作成の手順は、その特徴を反映して、各段階によって少しづつ異なる。
 
1段階−現状敷地か拡大敷地か
建替計画を拡大敷地で行うか現状敷地で行うかが最初の大きな課題であったが、この検討段階では各々の敷地におけるメリット・デメリット等の整理を中心とした。旭化成が事業協力者と選定されるまでの建替計画は、委員会が中心となり中庭・保存建物に重きを置いていた為、拡大敷地が前提とされてきたが、旭化成とNEXTにより2つの案を客観的にメリット・デメリット(課題)を整理(資料@)し、建替を早期に実現するには拡大敷地のリスク(買収条件・全員同意のリスク)を「再建打ち合せ会議」に指摘検討して頂き、現状敷地案に収斂された。
 
2段階−現状敷地案における配棟計画 (基本計画・一括建替決議まで)
● 建替敷地が同潤会江戸川A・Pの現状の敷地となってからが本格的な建替計画の検討となる。その骨格となるのが配棟計画である(この特徴等についての詳細は後述)。この基本計画についてNEXTが案を作成し、旭化成設計担当と調整し、「再建打ち合せ会議」で検討・承認して頂き住民説明会という手順で進めた。この段階になると同潤会江戸川A・P側から様々な意見が出て来る。
同潤会江戸川A・Pには橋本文隆氏と丸山欣也氏という建築家が地権者としておられ、特に橋本氏は建替えに関する設計部会長であった為積極的な意見交換を行った。
橋本氏も丸山氏も集合住宅としての歴史的意義を持つ同潤会江戸川A・Pの一部を保存すべきとの立場であったが、保存が様々な理由から叶わなくなってからもあるべき建替計画向けて意見を頂いた。
・一般的な分譲マンションに見られる片廊下的配棟からの脱皮。
・建物の「つなぎ空間」としての7Fレベルの屋上庭園化。
・敷地全体・建物全体に風の流れを意識した配棟計画etc.
これらは両者との意見交換の中で生まれた内容であった。

● 一方、事業計画(還元率)からの指摘(反論)は三谷氏であった。「地権者の負担を軽減 (還元率up) する為には専有面積を増大しなければならない。もっと専有面積(保留床)を増やすべきだ。」という視点から独自の案(A案・B案 資料A)を策定され、「再建打ち合せ会議」に提出された。三谷案に対する対応は、NEXTで三谷案の問題点を整理し、配棟を分かり易く説明する為ボリューム模型を作成し、旭化成と調整の上「再建打ち合せ会議」に提出し検討という手順を踏んだ。

● 三谷案に対するコメントの詳細は後述されているので省略するが、専有面積(保留床)のupは地権者だけでなくディベロッパーにとっても事業性が高まる事から、建替計画において設計事務所に対して最も強く要請される事である。従って本来は三谷案の専有面積up案は、当時執行部が期待と不安を交錯しながら待ち受けていたにもかかわらず賛同を得られなかった。その根本の要因は、三谷案がボリュームを追い求め過ぎ住宅(イエ)としての居住性を苛め、同潤会江戸川A・Pの文脈を忘れ集合住宅の歴史に残る建物(イエ・住まい)としての品格も捨ててしまったところにあると思われる。
これは建替計画が一般のマンション計画と異なり、同潤会江戸川A・Pの新たな再生を願っている地権者・執行部の思いは、同潤会江戸川A・Pの建替計画の上で大事な要素である事を裏付けるものとなっている。
ある理事が、三谷案を見て「刑務所みたいな建物だ。」と話した事が今でも記憶に残る。(仮に三谷案が同潤会江戸川A・Pでなかったら、又、事業協力者が旭化成でなかったら違った道程になっていたかもしれない。)
 
3段階−住戸計画等 (住戸選定会まで)
@ 配棟計画を含めた基本計画が整理された後、次に住戸計画に入るが住戸割はアンケート・個人面談に基づきこれを集約した上で住戸計画として整理した。
住戸配棟が整理されると各タイプの間取りの検討となるが、タイプ数は都市居住における様々のライフスタイルに対応しようと60タイプを用意した。(資料B)
※元々同潤会江戸川A・Pの住戸計画においても単身室と家族室に分かれ、更に各々に床座の生活の和式タイプと、イス座を主体とした洋式タイプに分かれ、室数でも1室タイプから4室タイプと多種のモジュール構成にする多様な間取りが用意され、40タイプ程のプランが確認されている。(同潤会同潤会江戸川A・P報告書)(資料C)

A 60タイプの検討は、旭化成設計販売・旭化成インテリア・建築家橋本氏・小島氏並びにNEXTによるワーキングチームを作り、ここで1タイプづつ練り上げた。
タタキ台はNEXTによるが橋本氏の意見・提案をワーキングチームにより協議・検討・調整するという手順で行った為、1日の会議で数タイプの整理が常であったが、各自が建設的意見交換を行った為濃密なプランが出来上がったと思われる。

 
4.  同潤会江戸川APの建替計画の特徴
同潤会江戸川A・Pの建替計画は、建替敷地が「現状敷地」に収斂されてから本格的に始る。この特徴については、(1)配棟計画(2)外観計画(3)共用施設計画(4)住戸計画に分けて述べる事とする。
 
(1) 配棟計画について
配棟計画は建替計画の中でも骨格的な位置付であり、又最も悩み苦しんだ部分でもある。今回の配棟計画に至るまでには3段階のステップを踏んでいるが、この3段階の配棟計画を策定する上で共通する視点は大きく次の3点であった。
 
@ 住宅(イエ)としての居住環境 (日照・通風・採光・眺望)
住宅を設計する上で各住戸に日照” ”通風” ”採光” ”眺望という4つの居住環境の要素をどう確保するかという基本的な課題である。
集合住宅の場合、当該敷地条件等(地形・規制)から各住戸に共通した居住環境の要素を確保する事は困難で、4つの要素を出来る限り又仮に日照条件が悪くても通風や眺望でカバーした住戸を作り、各住戸の居住性を少しでも高めるのが設計者の技量であり良心でもある。
この4つの要素は最も尊重しなければならないが、建替計画は次の専有面積の最大化の要請を受ける事になり、この要請により「高密化」の配棟計画が余儀なくされ、居住環境の確保と二律背反となる為設計者を悩ます事になる。
 
A ボリューム (専有面積)の確保(最大化)
● 所謂分譲マンションの計画を行う場合、専有面積(=販売面積)の確保(最大化)はディベロッパーの収益に直接反映(専有面積=販売面積である為、専有面積の増加は売上や利益の増加に直結する。)する為、ディベロッパーより最大化に対して強い要請を受ける事になる。建替計画の場合における専有面積の最大化は、事業協力者のディベロッパーだけでなく区分所有者からも強い要請を受ける事になる。
専有面積の増加により、保留床(ディベロッパーがこれを取得・販売する床面積)が増え建築資金に充当される収入が増える事になり、区分所有者の経済的な負担が減少する事に直結するからである。
ディベロッパー・区分所有者の両者からの強い要請を受けながら、一方で居住環境の要素は尊重しなければならない為両者の接点をどのように見出すか苦慮する事になる。

● 専有面積の確保は、当該計画が既に*基準容積率(ex.200%)を消化して計画されていれば後はレンタブル比(容積対象面積に対する専有面積比)の向上に努める事になるが、当該計画が基準容積率まで日影規制や各斜線規制等により消化されない場合に「もっと専有面積が増やせないか」という最大化の要請が強く働く。
同潤会江戸川A・Pの場合第2種住居地域で基準容積率は300%を持ちながらも敷地が相対的に東西に長く、南北に薄い為日影規制・高度斜線によりこの基準容積率の確保が困難だったのである。
*基準容積率=用途地域に関する都市計画により定められた容積率の最高限度

● 建替敷地を隣地敷地を含めて南北に厚みを増した拡大敷地形状にしたのも、この容積率や専有面積の確保が最大の目的であった。
又、NEXTが提案した現状敷地案となっても基準容積率が消化されていない為「300%まで許容の容積率があるのに何故とれないのか。」「もっと工夫すれば容積率や専有面積をUPし区分所有者の還元率が上がるのではないか。」という指摘・批判を受ける事になり、三谷案(資料A)が出る契機ともなったのである。
 
B 同潤会江戸川APの文脈の継承
● 同潤会江戸川A・Pは、同潤会の集大成として都市の新知識者層をターゲットとした都市居住の理想型を追求した東洋一のアパートメントとして建築的にも都市計画的にも大きな意義を持つ集合住宅であった。
この同潤会江戸川A・Pの歴史的意義は各文献に委ねるとして、ここで触れるべきは同潤会江戸川A・Pが一般的な団地や集合住宅の建替とは異次元の存在力()を持っていた事であった。

● 旭化成が事業協力者として選定され、NEXTがその協力設計事務所として初めて訪れた時、同潤会江戸川A・Pの空室率は全体の58%となり、又居住している人の83%は60歳以上であった。中庭の樹々も剪定等の手入れがなく「鬱蒼」とした状況であった。
建物も一部傾きが見てとれ、中に入っても人の気配が感じられず、暗く埃をかぶった感触の記憶すら残っている。
しかし、その感触は直ちに埋もれた宝物が発見され蘇るのと等しく同潤会江戸川A・Pの建築の奥深さを痛感する事になる。約70年前に都市の新知識者層の住まいを目的として考えぬかれ精緻なデザインが施され、又職人的な気質の施行が施されている集合住宅に出会ったのであった。
現在のマンション供給が「売れれば……」という名のもとに作られている建物が数ある中で約70年前の同潤会江戸川A・Pの計画に対する意気込みと丹精につくりあげられた建物とその細部の輝きは埃をかぶっても失われていなかったのである。
又この同潤会同潤会江戸川A・Pの所有者が、同潤会江戸川A・Pに住んでいた事に誇りを持ちコミュニティーを育んできた人達の想いの大きさに圧倒されたのである。
「この圧倒的な存在感をもつ同潤会江戸川A・Pの建替計画とは……。」何度となく頭の中を駆け巡った言葉であった。
1段階の配棟計画 (マッシブ案〜平成13519日提案)
● 第1段階の配棟計画は「現状敷地」の中で容積率がどれくらい確保出来るかという問いかけの中から始まっている。
「拡大敷地」の案でも容積率は300%の基準容積率に対して約189%しか確保出来ずこの拡大敷地に対して南北の敷地の厚みが薄くなる「現状敷地」においては容積率が更に低減し建替が成り立たなくなるのではないか。というこれまでの委員会の見解に対して一石を投じる意味があった。

● この為、計画の第1優先は「容積率が拡大敷地と同程度の約190%程度が確保出来るか否か。」が最大の目的であった。
(この目的の為に前述した居住環境の4つの要素は多少犠牲になってもの気持ちがあった事は否めない。)
マッシブ案と名付たのは、集合住宅を現状敷地に対して2つの塊状の重厚感を持たせる形態として捉えた事による。
塊状の中心をライトコートとしてくり抜き通風・採光に配慮しながら、このライトコートを中心に住戸を積層させたのである。
日影規制や高さ制限を避ける為に建物を敷地南側に寄せざるを得ない反面、敷地北側はオープンスペースや水盤によるランドスケープの計画を意図した。

● この計画案は現状敷地においても拡大敷地案と同様な容積率(=専有面積/敷地面積=約190%)が確保出来るという事を、当時の建替えを検討している執行部に認識させた役割は大きく「容積率が拡大敷地案並に確保出来るならリスクの少ない現状敷地で建替えを検討すべきだ。」というきっかけをつくった案としては大きな意義を持った。
又このマッシブ案は周辺に高層ビルが林立している中で重厚感のある外観と雁行形式と立体的壁面後退を用いて豊かな表情をつくり出し第3段階の配棟計画(囲み形式)の基本になっている。
しかしこの配棟計画はマッシブであるが故に北向住戸が多く発生し、又南向住戸も北側居室はライトコート(void)を通風・採光のよりどころにしている為低層階(1階〜5階程度)の居室における実質的な通風・採光条件は劣ると言わざるを得ない。
住戸としての居住性の観点よりこのマッシブ(塊状)案の見直しを行うべきとの認識に至った。

2段階の配棟計画 (分棟案〜平成13611日提案)
● この分棟案はマッシブ案に対して居住環境の要素(日照・通風・採光)を出来るだけ回復しようとの考えの基に計画を行った。
容積率(約190%)を確保する為には、南向住戸だけでは賄え切れない為東向・西向・北向も作らざるを得ないのであるが、日照条件が劣っても出来る限り通風や採光を確保しようと、建物を敷地全体に建物を分棟(分配)させ南棟も一部階数を落とし敷地全体に風が流れる(風の道)事を意図した。

● この案は容積率を確保(約190%)しながらも住居の居住環境の要素にも配慮されている為委員会や説明会において大きな課題となる批判は受けなかったように思われる。
この為、建替の推進もこの分棟案を基本に個別面談・各説明会が開催された。
当時の状況からはこの分棟案で建替決議まで進んでいくと思っていた人が殆どであったと思われる。

● しかしながら、この分棟案を提案してから数ヶ月間「この案で、同潤会江戸川A・P文脈を踏えた建替えに耐え得る計画なのか。」という自問自答を繰り返した。
マッシブ案に対して通風・採光という居住性の要素は回復されたものの、現状の同潤会江戸川A・Pにあるように「品格を持つ集合住宅となっているのか。」「日影ナリに建物が北に向って傾斜し、又分棟しているが故に集合としての外観の統一性が弱くなっているのではないか。」
更には「新知識者層の理想型を追求した同潤会江戸川A・Pという文脈をこの分棟案は踏まえているのか。」という自問が繰り返された。
この自問に対する自答は「この分棟案を捨て、同潤会江戸川A・Pの文脈を踏まえた案を目指すべき」との決意であった。

● しかし時は既に平成13年10月近くになってからであり周辺は建替決議に向けて着実に進んでいる状況であった。この状況の中で建替計画の骨格とも言える配棟計画を変更する事は、事業協力者・旭化成や区分所有者の承諾を得なくてはならず、仮に何とか得られたとしてもこの時期に変える事に大きな動揺を区分所有者に与えてしまう事になってしまう。
これを乗り切るには新しい配棟計画が、これまでのマッシブ案や分棟案よりも専有面積の確保を前提としながら、明確に優れているものでなくてはならない。この為事務所全体が何かに取り付かれた様に計画の見直し作業を行った事が鮮明な記憶として残っている。
 

3段階の配棟計画 (囲み形式〜平成131110日提案)
● この配棟計画はマッシブ案(平成13年5月19日提出)の形態を基本としながらも建物全体への通風・採光という居住環境を回復した分棟案(平成13年6月23日提出)の長所を融合したものになっている。具体的には、マッシブな形態を敷地全体に広げ結果として(囲み形式となる)、南棟と北棟との建物の離隔を設け通風・採光を確保したものである。
しかし、これだけでは容積率・専有面積の確保は困難で、囲み形式の住棟の北側にコートハウス的な戸建の集合体をアネックス棟として計画した。
第3段階の配棟計画は、配棟計画の3つの共通視点である居住環境の確保と専有面積の最大化、更には同潤会江戸川A・Pの文脈継承の要素を各々充分と言わなくても出来得る限り組み入れる事を模索し続けた到達点であった。

● この囲み形式の配棟に対しても次の指摘は当然受ける。
・南棟・東棟・西棟は比較的居住環境を享受出来るがアネックス棟はどのように考えるのか。(約12mの南側には1階建の建物がある。)
・更にコートハウス棟の前に6階建の建物(アネックス棟)がある事についてはどうか。
確かに南向の住戸に比べて北側にある住戸の日照・眺望条件は劣る。しかし南側にはない住戸の特徴付をする事(具体的には住戸計画で述べる。)により、北側にあるアネックス棟さらにはコートハウス棟の価値は充分に持ち得るのではないか。
又アネックス棟やコートハウス棟の前(南側)に建物があるが、雁行形式により東側や西側に開口部(窓)を設ける事が可能となり東側や西側の開放性や採光・眺望が得られるはずとの認識から計画を行った。

● この囲み形式の配棟計画の目途がついた段階でまず旭化成の萩氏(設計)・武川氏(開発)に相談を行った。両氏より「これまでの分棟案よりこの配棟計画の方が外観デザイン又同潤会江戸川A・Pの建替に相応しい。」との評価と同意を頂き、旭化成側の社内をまとめて頂いた。
(今から思うに一般的にディベロッパーであれば南側に建物があるアネックス棟やコートハウス棟を受け入れるのは難しかったかもしれない。ハウスメーカーとして戸建感覚を持つ旭化成だからこそアネックス棟やコートハウス棟の特徴的な住戸プランに付加価値を見い出し配棟計画に賛同して頂いたのだと思われる。)
更に再建打ち合せ会議や説明会(H13.11.10)においても旭化成の関根氏より「区分所有者の皆さんがまず、ご自分の気に入った住戸を選定して頂き余ったところは旭化成が保留床として引き取り分譲しますから安心下さい。」と話して頂き、区分所有者を動揺させる事なく説得して頂いた結果この配棟計画を基本に建替決議に向けて推進する事となったのである。

(2) 外観計画について
外観計画の特徴はデザイン(ディテール含む)とマテリアルに分かれる。
@外観デザイン(ディテール含む)
●同潤会江戸川A・Pの外観計画で特筆すべきは次の3点である。
a )雁行形式と立体的壁面後退による外観の構成
同潤会江戸川A・Pの現状敷地は南西に向いている(南西軸)為南棟の各住戸を真南に向け配列すると建物は雁行する事になる。
この雁行は建物にズレを生じさせ結果として住戸が角住戸化し、日照・通風・採光の居住環境の条件に優れた住戸が生まれる。(具体的には角住戸化する事により例えばリビングルームに開口部(窓)が2面となり、一般的な一面に比べ日照・通風・採光条件が優れる事になる。)
囲み形式により南棟を雁行させる事は北側のアネックス棟やコートハウス棟も雁行(ズレ)する事となる。結果アネックス棟やコートハウス棟の南側に建物が建っていても住戸が角住戸化されるので東や西に開口が設けられ開放性や採光の居住環境が確保された住戸が生まれる。
この雁行形式による外観は縦列が強調された建物全体に垂直ラインが強調された力感のある表情が生まれる。
更に南棟では立体的壁面後退(7層からセットバック)を行い垂直的なズレを作った。(単調な垂直ラインになると住戸の存在感が消えてしまう為。)又南棟の中央部1列の住戸(8階〜11階まで)を敢えて作らず建物の塊りを2つに分棟した。(これは専有面積の減になるが旭化成の理解のもとに実現出来た。)
平板で均一的な表情の一般的なマンションに対して、「都市住居の集合形式」自体をデザインとして表現したかった。

b)外観計画の2つ目はメインアプローチにおける*ファサードづくりである。
同潤会江戸川A・Pの接道部分は西側の公道部分しかない。この公道沿いにはエントランスアプローチ・地下駐車場出入口・ゴミ置場・駐輪場出入口等と様々な機能上の要請を受ける。(元々の同潤会江戸川A・Pのアプローチは西側にあったが計画上のメインアプローチ及びファサードは南側の都市計画道路が完成される事を想定し南側中央部(この住棟の中央部は中庭側にズラしファサードの計画を行っている。))

● 建物の品格を持たせるのは建物全体の外観とアプローチファサードが大きな要素となる。日本において伝統的な”邸宅(お屋敷)”としての形式はアプローチファサードを門(ゲート)で受け、ここから前庭を通じて玄関に入る過程を持つ。
同潤会江戸川A・Pのアプローチもこの形式を採用した。
特に周辺はマンションやオフィスが林立し雑駁な環境を持っていた為敢えて大きな力強いキャノピーを持ったゲートで受ける計画とした。
既存樹(シイの木)を活用し車寄せを兼ねて大きなキャノピーとゲートをファサードの骨格としたのである。
この大きなキャノピーとゲートは建物から独立のものとしなければ”門”とならない為キャノピーの上部に住戸を計画する事は可能であったが”邸宅性”を守る為敢えて行わなかった。

● ゲートからコリドーと呼ばれる空間(邸宅では前庭を通る延段にあたる。)を通じてエントランス(玄関)に入る。
コリドー空間の前には、桂の株立と苔・白砂・枝垂桜等で構成された園庭(前庭)を見る事になる。(この園庭にある枝垂桜は京都桜守・佐野藤右衛門邸の桜を分けて頂いた)(ランドスケープ計画は桂川眞氏による)
雑駁な環境からゲートという結界を越え前庭を見ながらコリドー空間を歩きエントランス(玄関)に入る過程を踏む事で”静謐な意識の切り替え”を意図した。
*ファサード(façade):建物立面のうち、外観の設計上で主要部分となる面。主たる道路に面し、主要入口にある立面である場合が多い。

 c)外観計画3つ目はマテリアル(材料)である。
同潤会江戸川A・Pの外観のマテリアルで特徴的なものは2つある。
@) 1つは、外壁における縄目模様のb器質タイルである。
素材感の出るb器質タイルは当初より決めていたが面状と大きさについては悩んだ。
タイルの面状については、試行錯誤を繰り返し”縄目”という紋様に辿り着いた。まずはパソコン上で縄目の大きさ・ピッチ等を検証した。(この時、大きさについても外観において組積感を出す為一般的な二丁掛サイズ・より大きい・大判(三丁掛け)サイズにした。)
次にパソコン上のデザインを実際に木型を起こし色合いを含めて試焼を重ね実際の施工されたタイルにまでになった。
このタイルの製造は日本セラミック社にお願いしたが、当時渡辺氏(社長)が「同潤会江戸川A・Pの建替に恥じないもの」との心意気の中で粘り強くお付合い頂いた。
 
A) 2つ目はゲートや建物の基壇部(建物1階部分)の壁柱状のところに採用した大谷石である。
当時(18年前)一般的なマンションの基壇部に使う材料の主流は御影系であった。
密度が高く耐候性もある事がその理由である。
しかし、御影系の石の表情は硬く均一的であり約70年の歴史を持つ同潤会江戸川A・Pには日本の土着性を持つ素材を模索し”大谷石”に辿り着いた。大谷石の持つ風合いは優しく「ミソ(木の化石)」と呼ばれる褐色部分が斑状に散在して優しく豊かな表情を持ち木質系の内装とも調和するとの考えからである。
しかし反面、大谷石は御影石に比べ柔かく耐久性に弱い。この為施工会社・竹中工務店・旭化成も大谷石を使う事に当初難色を示していたが、私共が大谷石を採用する意図に共鳴して頂き採用しようと決めてからは実際宇都宮市の大谷まで出向き大谷石を採用した公共建物等を検証し、又大谷石の石材店で撥水材の効果を確認し、充分外壁材として耐え得る事を確認した。更に、一般的な外壁の石材が30〜40mmに対し70mmの厚さとし経年変化にも耐え得るものとし基壇部の主要なマテリアルとして採用した。

(3) 共用施設計画について
@ 同潤会江戸川A・Pの共用施設はエントランスホールの他にaラウンジ(約65u) b社交室(約115u)  c応接室(約52u)  dアトリエ(約78u)e屋上庭園(約427u)と18年前のマンションの中でも比較的豊富なメニューであった。しかしながら当初からこのメニューが用意されていた訳ではない。
平成13年11月10日の説明会時点ではエントランスホール以外は3ヶ所程の共用施設を予定していたが整理されたものではなかった。
共用施設(屋上庭園は除く)は建築基準法上は居室となる為専有面積化出来るものである。従って専有面積の最大化という要請からは共用施設を増やす事に躊躇する事になる。
一方同潤会江戸川A・Pの共用施設は東洋一のアパートメントとして、食堂・バーラウンジ・社交室・浴場・理髪店とそのメニューと規模は当時の一流ホテルに匹敵するものかもしれない。(同潤会江戸川A・Pが「同潤会の集大成」として又「指導的なるアパートメント」として計画された事の一旦である。)
建替に当って共用施設をどうするかについて事業協力者・旭化成は専有面積の最大化との間で悩まれたと推測されるが、計画の最終段階において関根部長(当時)から「同潤会江戸川A・Pの建替として相応しい共用施設にすべきだ。NEXTは専有面積が減っても良いので同潤会江戸川A・P建替の共用施設としてあるべき姿を提案して下さい。」との主旨の発言が記憶に残る。
同潤会江戸川A・Pの文脈を事業協力者として継承しようという決意であった。
 
A 現在の共用施設計画や南棟や東棟のピロティー(風の道)は、関根部長の発言から本格的な検討が始まった。
特に同潤会江戸川A・Pのコミュニティーの核としての「社交室」は出来る限り当時の面積・形状・床・壁・天井の施え(マテリアル含む)を踏まえて計画を行った。
又、建築家丸山氏の意見であった「囲み形式」の配棟でありながら、建物全体に風を感じるものとする為、南棟や東棟の一部の住戸を止めピロティーとして風の道を作った。
更に建築家橋本氏の意見から生まれたのは7階レベルの「つなぎ空間」である。
囲みの形式をとりながらもEVは4戸1やアネックス東棟は階高が異なり各々独立棟の形式であった為7階レベルで全体をブリッジも作り「つなぎ空間」にしようという提案であった。
コミュニティーを継承・育む「仕掛け」として各住棟を繋ぐ経路を作ったのである。
この「つなぎ空間」はアネックス東及び西棟のルーフ(屋上)であった為ここに桂川氏の設計による本格的な屋上庭園を計画した。
同潤会江戸川A・Pの中庭が「社交室」と伴にコミュニティーの核であった事を踏まえ建替計画では日影規制や専有面積の確保から、今回の計画は囲み形式と言えども中庭の規模が縮小した為中庭を補完する事も含めて「つなぎ空間」を庭園化した。

B 共用施設の施えで特筆すべきは同潤会江戸川A・Pの部分的再現を行った事であった。橋本氏や丸山氏が要望した建物の一部保存は様々な事情から適わなかったが当時のアールデコを基調とした面格子階段廻り鉄製手摺ステンドグラスや居室の造作家具等はデザインもさる事ながら職人による精緻な完成度は目を見張るもので作品とも言える程のものであった。
 
● 当時の階段廻りの再現はアトリエ(陶芸工房)で計画した。
当時「10階段」と呼ばれた階段廻りの実寸資料を基にアトリエの内階段を「10階段」を出来るだけ再現しようと設計したのである。
階段の素材のテラゾー(人工大理石)は、当時の「10階段」の一部を削り取り、これと同じ調合のもので作った。また鉄製手摺は実際に「10階段」で使われていた手摺を化学洗浄しこれにペインティングを行い寸法調整した上で備え付けた。
独身部屋にあった13ヶ所の面格子(全て異なるデザイン)については洗浄・ペインティングの後、各住棟の棟名板として再利用した。
これらの他造作家具・ステンドグラス等を再利用し、同潤会江戸川A・Pの具現的継承を行い同潤会江戸川A・Pの記憶の一部を再建建物に組み入れた。
これら部分的再現の施工については竹中工務店・長谷川氏の協力なしには適なかった。

(4)住戸計画について
● 住戸計画まずは区分所有者の住戸に対する具体的な意向(住棟・方位・住戸面積)をアンケート・個人面談等において整理をした。
 
 
● 同潤会江戸川A・Pの特徴としては住棟・方位・住戸面積の希望条件が他の団地建替えに比べ分散している事であった。
これは一般的な団地が全戸南向き平行配置で住戸タイプも1タイプ〜3タイプ(50u〜60u)が基本であるが、同潤会江戸川A・Pは囲み形式の配棟であった為南向住戸以外に西向・東向・北向住戸も存在していた事、住戸面積も独身室の20u台から家族室の90u台まで40タイプ以上あった事に起因していると思われる。
これ程までの多種多様の住戸プランが80年前に計画し実現していた事は驚嘆するばかりであるが、逆にこの同潤会江戸川A・Pの足跡は戦後高度成長期における住宅の大量供給により途絶えてしまい建築学科の教科書入りになってしまった事は改めて残念な想いである。
 
● 同潤会江戸川A・Pの住戸計画はこの文脈を改めて継承する意味でも、「都市住居における集合住宅の間取りとは」を問い直し「都市住居における様々なライフスタイルに応えられるプラン構成を目指すべき」との回答に至った。
ハウスメーカーである旭化成もこの主旨を受け入れ20u台から100u以上の面積構成と57タイプの住戸プランを用意した。
 
● 住戸プランの中でも特筆すべきはアネックス東棟とコートハウス棟のプランである。
アネックス東棟は南側に11階相当の建物(南棟)がある為日照条件が劣る住棟であった。雁行形式の中で西向や東向に開放性の活路を求めたが居住環境としては他の住棟に比べ劣っている事は否めない。(これについてはコートハウス棟も同様)
そこで他の棟が6層(約3m×6層=約18m)積層していた高さをアネックス棟は独立棟として約18mを5層分の階高で設定した。1層分は約3.6mの階高を持つ。
この約3.6mの階高を用いる事により一般のマンションとは全く異なる豊かな空間構成が可能となり付加価値住戸が生まれた。(約3m超のリビング天井・蔵等)

● コートハウス棟については、スキップ型住戸として、玄関から半階おりて居室(ドライエリア付)を設定し、又玄関から半階上がって居室、更に半階上がって居室(リビング)という構成を壁構造で計画した。
玄関から1層分上がったところにリビングルームを設け3.4mの天井高と西側に大きく開けた開口を持つ為、竣工間際に住戸構成が現実的になると人気の住戸となったのである。