NEXT ARCHITECT & ASSOCIATES

 

『調布・富士見町住宅建替計画』〜回顧録〜
「勉強会への参加」
2013.09


● 調布・富士見町住宅建替計画の本体着工が始まった。感慨深い。この団地の建替え有志の人達の勉強会に参加したのが、2007年8月頃からなので、もう6年目になる。この間、何度か心が折れそうになりながらも、ようやく着工にこぎつけた。
 記憶がまだ鮮明な内に、少し思いつくまま、回想に耽ってみようと思う。





● この団地の勉強会(当時は管理組合からも認知されず、有志の集まりであった)に参加した経緯がちょっとオモシロイ。調布・富士見町の建替え前に、8年程かかって建替えが実現した団地がある。やはり、同じく調布市にある国領住宅。都計法11条の「一団地の住宅施設」という網に入っており、分譲型団地でこれを変更(容積率70%から200%に)するのは、日本でも初めてと言う事もあり、実務的に難行を極めた。都市計画の変更が伴う建替えにNEXTが参画した最初の案件でもあり、代表作の1つになっている。この国領団地の事業協力者コンペでA社が住民投票で選ばれ、そのコンペ案を作成したのが私共NEXTであった。選定されてから、建替委員会や理事会への挨拶は、とても歓迎され、特に計画案に特徴(地域開放型、分棟、雁行)もあったため、これが実現出来る期待感に鼓動した。しかし、これは、委員会も理事会も建替推進派のメンバーで構成されていたためであり、団地全体の歓迎ではなかった。

● 最初の住民説明会。これから始まると言う思いで臨んだが、住民説明会には建替推進反対の人達がいる事を当時の私達は知らない程、団地の事に関しては無知であった。
 A社の挨拶、NEXTの挨拶が終わると、すかさずK氏が立ち上がり建替推進委員会の進め方に対しての反対論を長々と喋りだした。K氏は元々中学校の英語の教師という事もあって、話が長い。反対論の最後に「私は理事会が選定した(実は住民投票)A社に納得できない。まして、NEXTという名は今日初めてである。A社はともかくNEXTはこの説明会の会場から出ていくべきだ・・・・。」
 このK氏の発言は15年程経っても今でも鮮明な記憶がある。(K氏はおそらく忘れているだろうが。)その後、K氏は国領住宅の建替えに最後まで反対を続けたが、最後の最後に賛成に転じた。(その経緯は省略。)
 賛成に転じたK氏は自分の最も気に入ったタイプの住戸(南棟低層階)を選定した。竣工後、新しい国領住宅を訪ねた折、K氏が家族と伴に新しい集合住宅の中を歩いている姿が見えた。とても穏やかな老人の顔に変わっていた。


● そのK氏が調布・富士見町住宅の理事会の元役員と親交があり、国領住宅と同じく都計法11条「一団地の住宅施設」の規制がある調布・富士見町住宅を「この団地も都計法11条があっても建替えが出来るし、建替えをすべきだよ。建替えた住宅は国領住宅のように素晴らしい建物に生まれ変わる。これを実現出来るのはA社とNEXT以外ない。」と言ってくれたのを、私は調布・富士見町住宅の元役員から聞いた。調布・富士見町住宅の人達は、国領住宅竣工後の姿を見に行き、私達も建替えようと決意を改にした。そしてその有志の人達がA社とNEXTを勉強会に招いてくれたのである。
 私はそれまでK氏と一度も言葉を交わした事はない。しかし、最後まで反対していたK氏が私共の仕事を通じて信頼し、他の団地の役員に話してくれた事に感動を覚える。




● 国領住宅が竣工してから5年程経って、やはり都市計画の変更が必要となる都区部大型S団地の理事会のメンバーの人達がNEXTの作品を見たいと言うので、国領住宅を案内した。当時の国領住宅の理事長が先頭に立って建物の特徴(分棟型、低層棟、高層棟、方位と住戸等)を説明してくれた。この建物は住民全員の建物になった事を改めて実感した。
 案内が終わる頃になると、K氏は私の姿に気づいたのか、自らの住戸から私達がいる広場に出てきた。「今日は何なの?」「S団地の人達を案内に来ました。」K氏をS団地の役員のメンバーに紹介すると、K氏は満面の笑味を浮かべ、「建替えてこんなに素晴らしくなった。この人達に任せた方が良いよ。」
 私が、K氏と初めて交わした言葉である。

以上